
◆退院まで◆
やっとの思いで産まれたのですが、思いのほか体力を失ってしまい、産後5日目まで寝返りもできないほどでした。体調を崩したり、産後もいろいろありました・・・・。
| 9/12 | 昼1:30頃だろうか、ストレッチャーで分娩室から病室(一昨日から個室が空いた)に移動して、しばらくすると義母、だんな、それから産まれたてのわたしの赤ちゃんが新生児用の透明なベッドに乗ってやってきた。 しばらくして、みんないったん帰ってしばらくわたしと赤ちゃん2人だけで過ごす。ちっちゃくて壊れてしまいそうな可愛い赤ちゃんを穴のあくほど見ていた。 疲れているはずなのに、この日は興奮して結局少しうとうとしただけで、出産を思い出してメモをとったり、一緒に添い寝させてもらった赤ちゃんの写真を撮ったりして過ごした。夜は9:30ごろに新生児室へ預けて眠ったのだけれど、11:30ごろおっぱいを吸いにやってきて(助産婦さんが連れてきてくれた)そのまま2:00まで一緒にすごし、私が寝たのは3:00ごろ。 |
9/13 |
朝6:30に起床。個室についている洗面台で朝の支度をし、お部屋の中でお手洗いをする。(トイレは廊下をでてすぐのところにあるのだけれど、ベッドから起きて部屋を出て、ドアをあけて廊下にでる、なんて、とてもできそうにないくらい疲労していて体がうごかないので、簡易トイレを借りて部屋でしました。このあと体調を崩してかなり長い間簡易トイレのお世話になることになりました。土谷の助産婦さんたちには、おしものお世話までさせてしまいました。) 朝ごはんを全部食べて、診察をする。もう体中痛くて、おしもの方もどこがどんな風に痛いとかって、よくわからないほどなんだけど、その大きな原因が『ぢ』。妊婦さんや産婦さんは、ぢになる人がとっても多いらしいんだけど、ほんと、特大のやつができてしまいました・・・。(汚い話でごめんなさい) 診察を終えた10:30AMくらいから、朝ごはんのあとの子宮収縮のお薬を飲んだからか、診察をした影響からか、子宮が収縮する痛みがかなりひどくなってきたので、痛み止めの薬をもらう。ほんっと、痛かった〜。 午後からは赤ちゃんが同室して、ゆっくり過ごす。わたしは乳首マッサージを受けたり、身体を拭いてもらったりする。 夜も一緒に寝たのだけれど、ちょびちょび泣くのでおっぱいあげたりしていたら、おっぱいが痛くなってしまった。まだ張っていなくて少量の黄色い初乳が出てるだけなので、無理をすると切れたりしちゃうらしい。なんか吸い付きがとても上手なのだ^^ 2:00ごろ、わたしも休みたいので新生児室にあずける。翌朝6:30まであずかってもらった。 |
9/14 |
この日は、沐浴指導の予定なのだが、わたしがまだ体力が戻らず、おっぱいをあげるのが精一杯、歩くのもやっとという状態だったので、とても赤ちゃんを抱いてお風呂にいれるなんてできなくて、後日指導してもらうことに。 お産のあとでハイになっていたため気力でいろんなことをこなしていたのだが、だんだん現実に戻ってきて急激に体力ダウン。。。おっぱい(乳首)も痛くなってきて、ゆうかを新生児室にあずける時間が長くなってきた。しばらくミルクのんでて頂戴ね〜・・・ 午後からわたしの実家の両親が訪ねてくれた。里帰り出産をするものだと思っていたのだろうが、わたしは産まれてすぐの赤ちゃんをお父さんから離したくなかったので、里帰りはしなかったのだ。わたしの両親にとっては、さぞかし残念だったことだろう・・・。でも、それにしては私の体調を気遣ってくれたのか遠くからきたのにゆうかの顔を見たらすぐに引き上げて帰っていってしまった。(この日はわたしの弟の家に泊まったようだ) |
9/15 |
夜中、何度かおっぱいをやるかどうか助産婦さんが聞きにきてくれたが、とても疲れていておっぱいをあげる気力もなく、そのたびに「すみません、ミルクを足しておいてください」と断り、とにかく寝る。 朝起きるとおっぱいがパーンと張っていた!!!なんか生物の神秘って感じだった。赤ちゃんができるとおっぱいが出るというのはもちろん知っていたけど、パーンと張ってサイボーグみたいに固くなるなんて知らなかった〜!!すごいっ! 朝、わたしの両親がもう一度ゆうかの顔を見に来て、帰っていった。 昼にはだんなの家族一同が来てくれた。 午後からはまたゆうかと二人で過ごすのだけれど、まだおっぱいの飲み方が下手なのと乳腺も大きく開通していないのとで、おっぱいを飲ますのも一苦労。上手に飲めないからか、ひっきりなしに泣いておっぱいを飲みたがる。そのうちわたしも疲れてきた(って、もともと疲れてるんだけど^^;)。ミルクを足してもらえばいいんだけど、吸わせないとおっぱいは出なくなることを知っていたし、ミルクの味と哺乳瓶のニップルに慣れてしまっておっぱいをくわえてくれなくなることがあるというのも聞いていたので、ちょっと意地になっておっぱいをあげていたかもしれない・・・。夕方16:30、やっとで観念してミルクを少し足してもらう。 この日の夜19:00ごろから、私の体調が悪化してきた。睡眠不足と疲労した身体でがんばりすぎたようだ。熱は37.7度とそこまでではないのだけれど・・・。夜中に熱も上がってきてふらふらになり、意識朦朧としながら、個室に備え付けてある革製のソファ(ちょっと破けている^^;)に横になったり、冷たい床に倒れるように横になったりした。ソファに座って両腕を上げて伸びをしたり深呼吸もした。このとき、産後はじめて緊張がとけたような気がした。産前の妊婦体操や陣痛のときには意識して『リラックス』するようにしていたが、お産ハイになってしまって、産後はすっかり興奮状態でリラックスするのを忘れてしまっていたようだ。 夜中に座薬をもらい、寝られないので睡眠導入剤ももらい朝まで眠った。 |
9/16 |
朝起きたら頭痛がひどい。 こんな体調なので、ゆうかは新生児室にあずけて、とにかくわたしが元気にならなくては。 でも、おっぱいは否応なしに張ってくるので、3時間おきくらいに助産婦さんが『乳搾り』に来てくれる。ある程度搾って出していれば枯れてでなくなってしまうことはないのだそうだ。しかし、最初だからかパンパンに張って熱をもってとても痛い。カネソンから出ているおっぱいを冷やすアイスノンみたいなやつを貸してもらってタオルでくるんで乳に当て冷やしたりしてみた。 昼からだんなとだんなの妹が来てくれて、わたしとゆうかの面倒をいろいろみてくれた。オムツを替えたりミルクを飲ませたり・・・。 昼の間はわりと調子がよかったが、夜になってみんな帰ったあと、また熱が出て頭痛もしてきた。熱は夜8時で7.7度、9時で8.2度。血圧も測ってもらったら、なんと上が180もあった。どうりで頭が痛いわけだ。座薬をもらい、血圧を下げる舌下のお薬をもらった。これがおっぱいに影響するらしく、24時間おっぱい禁止になってしまった。。。それから、何かあったときのためにすぐに点滴できるよう血管を確保して生理食塩水かなにかの点滴をした。 座薬が効いてきたのか、頭痛も治って、気分はとてもよくなったのに、どうしても興奮して眠れない。夜中の2時ごろに、睡眠導入剤をもらって朝まで眠った。 |
9/17 |
朝7:30、熱は6.2度。平熱。でも血圧が170−90もある!(いつもは上が100あるかないかくらい)
また血圧を下げる舌下の薬を飲む。・・・また一日おっぱいを上げられない。。。 それにしても、産後2日間くらいは血圧も普通だったのに・・・。初乳を飲ませることができたのは不幸中の幸いだったという感じだ。 薬を飲むと20分もしないうちに血圧は下がってほぼ平常に戻る。すごい薬だ。。。と思ったら、どんどん下がって上が90になってしまった。急激に血圧が下がったためか、またちょっと頭が痛くなってきた。 昼前にまた血圧を測ったら120くらいに上がってた。まぁ、でもなんとかOKの範囲かな。でもまた頭痛がひどくて薬をもらって、眠った。 うとうとして、怖い夢を見た。 産まれたばかりの赤ちゃんが、なぜかわたしの2,3m向こうで座っている。その声で目が覚めた。本当に叫んでいたのだ。 夢だったことに気づいて安堵したが、怖くて怖くて、涙がぼろぼろ出た。夢の中の赤ちゃんは男の子で、ゆうかではなかったけど、夢の中ではわたしの赤ちゃんだった・・・。 少し精神的にまいっていたのかもしれない・・・。 トイレの付け替え工事をやっていたので、カンカンキンキン、耳障りな音がしていたせいかもしれない。 とりあえず、ゆうかの顔を見に新生児室に行った。ゆうかはスヤスヤ眠っていた。 しばらく休んでいたら、だんなが来てくれた。近くに住んでいるわたしの弟もゆうかを見に来てくれた。 そうそう、昼過ぎにこの日お休みのO先生が私服で登場。調子はどうか、たずねてくれた。普段着のときは広島弁だったのがおもしろかった^^; 夕方17:30ごろにはまた血圧が高くなって、血圧を下げるお薬を飲む。どうやら薬のおかげでどうにかなっているようで、薬が切れると熱がでたり頭が痛くなったり血圧が高くなる。。。よろしくない・・。ちゃんと睡眠をとって体力を回復しようということで、夜8:30ごろ精神安定剤?(ソナコン錠5)を飲んで眠った。夜中に頭痛で目が覚めて、頭痛薬を飲んだが、それから、めずらしく朝まで眠れた。久々に長時間眠ってだいぶ体力が回復したのか、それまでは、寝たきりの人みたいに自分で寝返りをうつことができなかったのだけれど、寝ている間に無意識に身体を動かすことができるようになった!産後5日目にしてほんの少し体力が回復した、っていう感じだ。 それまでずっと動くのがつらくて、歩いてトイレに行く気力もなく、そんな力があるならゆうかのお世話にまわしたい、と思って、部屋の簡易トイレで用を足させてもらっていたのだが、その朝、久々に歩いてトイレに行った。 ちょっとよくなったので、熱いタオルで身体を拭いたり、持参していた『水のいらないシャンプー』でシャンプーしたり、身の回りのことをいろいろやったりした。それまでベッドで寝たきりだったので、外の様子がぜんぜんわからなかったんだけど、ひさびさに窓をあけたら、外はもう秋の気配がしていた・・・。 |
9/18 |
いつもの朝の診察で消毒をしてもらったとき、産後6日目にして、はじめておしもがしみた。それまでほかのところの痛み(『ぢ』とか筋肉痛とか。でも痛みというより自分の身体ではないような感覚だったけど。)ひどすぎて、おしもの傷なんてこれっぽっちも気にならなかったのだけど、徐々に治ってきているのだろう。気になりだしたら、ひきつって痛くてしょうがない・・・。 夜に飲んだ精神安定剤が効いているのか、昼間もうとうと眠った。薬のせいでおっぱいはまだやれない。 9日の夜に陣痛室で一緒に一夜を過ごした妊婦さんが、とうとうおしるしがあったということで入院してきた。わたしはだいぶ元気になったので、リハビリがてらエレベータで別の階まで行ってペットボトルのお茶を買い、差し入れをした。 部屋に戻ってくると血圧を測る時間とのこと。測ってもらうと150ある。ちょっと高めだ。動いたばかりだから・・・、と30分ほどしてからまた測ってもらうがやっぱり150・・・。わたしは自分ではすごく元気になってきたと思っているし、そろそろゆうかにおっぱいをやりたい!薬を飲むのはいやだ!!ということで、さらにもう少したってから再度測ってもらうようにお願いする。頭が痛いので、血圧が高いのかも・・・ということで、頭痛薬を飲んで痛みを押さえてからまた測る。結局そのあと2時間くらいの間に4回くらい測りなおしてもらったけど、どんどん高くなるばかりで、夕方5:30の時点で、また180にもあがってしまった。 おっぱいがあげたい、と申し出て、なんとか血圧を下げる薬を飲む前に、すこしだけおっぱいを吸わせてもらって、泣く泣くまた薬を飲んだ。 O先生がお部屋までいらっしゃって、なかなか血圧が下がらないので、明日循環器の先生に見てもらおうということに。こんなときは総合病院って便利。それにしても、血圧が上がったのが、産後でよかった。この症状が陣痛室にいるときに出ていたら、即帝王切開だったよ、と言われてしまった・・・。 夜中、頭痛で目が覚める。血圧を測ってもらうと160ある。薬を飲んでるのに、下がってない。舌下の薬、今回は少し早めにゴクンってしてしまったからかなぁ。。。0:30にまた血圧下げるお薬を飲む。あぁ、またゆうかにおっぱいをあげられる時間が遠のいてしまった・・・(薬を飲んで24時間はおっぱいに影響するということでおっぱい禁止なのです)ついでなので、睡眠剤(ハルシオン0.125mg錠)をもらって飲む。 |
9/19 |
睡眠剤をもらって飲んだので、ぐっすり眠るはずだったのに、朝5:00なぜか起きてしまった。 昨日入院してきた産婦さん、ちょうど赤ちゃんが産まれたところだった。なんと、お父さんは黒人さんなのだ。産まれた赤ちゃんは日本人の赤ちゃんのように見えたけど、ハーフちゃんなのね〜。ちょうど、わたしが入院している間に、インドとかタイとかそんな感じの方の出産もあり(この方は帝王切開だった)なんか、国際色豊かな病棟だった。 朝、詰め所で体重計をかりて測ったら、51Kg、妊娠前に完全に戻ってる〜・・・!! この日の早朝の乳搾りは、わたしの出産をずっと担当してくれてゆうかをとりあげてくれたHさんだったんだけど、『おっぱい、だいぶ落ち着いてきたね、いいおっぱいは、張らなくても出るおっぱいなんだよ。』と教えてもらった。 昼前の乳搾りは若くてかわいいNさんだったんだけど、Nさんはいつもやさしい言葉やためになる言葉をかけてくれていた。「おっぱいは、信じて飲ませれば必ず出るようになります!くじけずがんばってくださいね」とか。このときも、「あせらずゆっくりなおしましょうね。」って。。。 体調を崩したり、いろんな薬を飲んだおかげで、おっぱいをあげられなくって、ゆうかにはちょっとかわいそうだったけど、助産婦さんがかわるがわるやってきて乳搾りをしてくれて、普通に入院しているだけじゃこんなに話しなんてできなかっただろうけど、いろいろためになる話を聞いたり励まされたりして、かえって得したのかもしれないなぁ。 さて、昼からは循環器の外来に行って診て貰ったんだけど、なんだか拍子抜けしたというか・・・。『お産は12日だったのね。』とかなんとか聞かれただけで、『ま、大丈夫でしょう。一ヵ月後にまた見せて頂戴』とのこと。あまり何も聞かないので、わたしが一方的に細かく説明したのだけれど、あんまり聞いていない様子・・・。『血圧高くても退院しても大丈夫でしょう』って言われるし。。。本当に大丈夫なのかなぁ、、、なんか、なんのために診てもらいに来たのだかわからない感じ・・・・ 夕方O先生がお部屋にいらっしゃって、お乳にひびかない血圧の薬を探してくれたとのこと。『循環器のお医者様が言われるように、退院も明日でもいいよ』とおっしゃった。・・・でも、わたしとしては、ようやく少し元気が出てきたところで、ゆうかを抱っこするだけでもまだ大変なのに、とても退院して次の日から自分ひとりでゆうかの面倒をみるなんて考えられないという感じだった。 夕方6:00、Tさんが『おへそがとれたよ』と桐の箱にいれてもってきてくれた^^ 退院のこと、ずっと考えていたんだけど、完全に体力が回復するまで、なんていってたら、いつまでたっても退院できないし、、、、。どうしようか本当に悩んでしまったので、気分転換に、内緒で病院の外のベンチに座って、夕暮れ時の車の往来を眺めてみた。入院したときはまだまだ夏真っ盛りという感じだったのに、本当にすっかり秋になっていて、街中でも空気が澄んでいるような気がした。 この日、会社帰りにだんなが寄ってくれた。だんなが一生懸命オムツ換えをしている間にブリブリ・・・・とうんこして、肌着まで汚れて・・・。慣れないので、あせだくになって交換したり、ミルクを飲ませたり、写真を撮ったり・・・。なんか、わたしがお世話ができなかった分、だんなががんばってくれて、すごく抱き方とかも上手になったみたい。そんな風にゆうかと3人水入らずで過ごしているうちに、明日の退院を決心することができた。(この日の夜中に久々に母子同室して1:00から3:00ごろまでおっぱい&おむつ&あやして・・・・寝た・・と思ったらまた泣いて・・・。と、ちょっと退院の決心が鈍りそうになったけど^^;) |
9/20 |
朝6:30、血圧は上が160。相変わらず高い・・。 退院は夕方にすることに決める。朝の診察のとき、ゆうかの体重は3460gに増えてて順調だと言われる。 結局私自身が沐浴を一度もしていないので、家に帰ってから初めてというのはまずい、と思い、今日はさせてもらおう、と沐浴する部屋に行くと、まさに今ゆうかのお風呂タイムが始まろうとしているところだった。間一髪のところで、変わってさせてもらう。 退院前に清算。個室を使ったし分娩室も長かったので(16日間も入院したし)、ずいぶん高いだろうなぁと思いきや、そこまでではなかった。(43万円くらい。)予定日を2週間以上も遅れて生まれたということで、一応(?)異常分娩とうことになるらしく、会社の健保から個室を使った際の差額ベッド代というのも返ってきた!! 午後からはゆうかのお世話をしながら、個室の片付けをしたり、久々のシャワーを浴びたりして過ごす。 3時ごろ、義母が迎えにきてくれた。とうとう退院だ。この期に及んで、わたしの体調に関しては不安だらけだったんだけど、もう決めてしまったことだ。 今まではつらいなぁ、というときは新生児室に連れて行けば誰かがみてくれていたけど、今からはそんなわけにはいかないんだ・・・。ま、ゆっくりやろう・・・。 退院の説明を受けて、詰め所に挨拶に行って、後ろ髪をひかれつつ、帰宅した。 我が家は2世帯住宅なんだけど、この日はさすがに私たち夫婦だけでは心細く、1階の両親の家にお泊りさせてもらった。 久々に車に乗って、久々に我が家に戻ってきて、夢から現実に戻ったような感覚があった。 それと同時に、ゆうかを新しい家族として迎えたんだなぁ、ということを実感して、とてもうれしく思った。 |